緩和ケア

死生観って何?新人看護師がターミナル患者さんへのケアで学んだ大切なこと

突然ですが、みなさん。

病院実習や働く中で、「」に触れることはありましたか?

あなたはどんな「死生観」を持っていますか?

 

緩和ケア科で働いていた私は毎日のようにお看取りをしていました。

かつての私と同じように、ターミナル期の患者さんと知るだけで構えてしまう方も多いのでは?と思います。

 

「死」とどう向き合って行けば良いのか?

私の新人時代の話を交えて書いていこうと思います。

 

完璧な最期を迎えられるようにケアしていかなきゃ!」と頑張っているあなたの参考になりますように。

死生観の意味

死生観とは、死を通した生の見方のことです。

世界には、宗教や生育環境によって様々な死生観があります。

自分なりの死生観を持つこと、色んな価値観に触れること。

どちらも非常に大切です。

死ぬということ

大切な人の死って、ただただ悲しいです。

「きっと心の中で生き続ける」とかいう聞こえの良い言葉なんて耳に入らないぐらい、頭も心も空っぽになります。

 

悲しくて、寂しくて、悔しくて、苦しい。

ある日を境に、その人のいない世界が始まります。

場合によっては、突然お別れがくることだってあります。

 

ただただ、会いたい

声を聞きたい

笑顔を見たい

一緒に食事をしたい

温かい手に触れたい

抱きしめたい

 

全部、もう叶いません。

どんなお金持ちが願っても、どんな人格者が願っても、叶いません。

死は、周りの人たちを深い悲しみで包みます。

 

しかし周りの人たちの人生は、その死を通過点のひとつにして再び進んでいきます。 

「死」を捉え直すきっかけをくれた患者さん

「どんな最期を迎えたいかじゃなくて、そこまでをどう生き切るか、だよ。

近々死ぬ人間にだって、貪欲に生きる権利はあるだろ?

もう死ぬからって、その権利を奪われちゃ困る。

食えなくなっても、話せなくなっても、歩けなくなっても、俺は生き切るから。

ちゃんと見てろよ、新人!」

 

新人時代に出会った患者さんの言葉です。 

先輩によく怒られていた私。

仕事中も関係なくズーンと落ち込むことが多々ありました。

気をつけたつもりでも、相当顔に出ていたのでしょう。笑

 

その患者さんに「トロくてドジで打たれ弱い新人」の称号を授けられいつもからかわれていました。

でも最後はいつも応援してくれる、ユーモアに溢れた優しい方でした。

私ほどの言葉を言われた時の状況を今でも鮮明に覚えています。

お手洗いに付き添った場面でした。

 

むくんで動かしづらくなった手足を引きずり、腹水が溜まったお腹をさすりながら。

ゆっくり、ゆっくり、ベッドに戻って「弱ってきたなぁ、俺の身体。」とつぶやいたあと。

たくさん涙を流しながら。

でも笑いながら。

ちょっとおどけつつ、先ほどの言葉を言いました。

 

患者さんが目の前で涙を流す状況に慣れていなかった私。

決して弱音を吐かなかった患者さんから出たその言葉の重みにも、どう対応して良いか分かりませんでした。

 

結局、「◯◯さん、生き切りましょうね!!」ともらい泣きして背中をさすることしかできませんでした。

そんな私に優しく笑ってくれた彼の表情も忘れられません。

「死に方」にとらわれ過ぎていた新人看護師時代

最期までほとんど誰にも弱音を吐かずに亡くなった彼の涙の意味。

印象には残っていたけれど、当時は振り返る余裕がありませんでした。

 

後々振り返った時に気づいたこと。

それは、できないことが増えていく中でも「自分のことは自分でする」気持ちを大切に生と貪欲に向き合っていた患者さんの強い気持ちでした。

 

できないことが増えていく現実を直視するのって、きっととても怖いことです。

しかし彼は、自分の気持ちを最期の最期まで貫き亡くなりました。

当時の私が終末期患者さんを前にまず考えたのが「その人たちにとって理想的な最期の瞬間の光景」でした。

 

完璧な看取りができるように頑張ろう!」とも意気込んでいましたね。

とても視野が狭かったんです。

その一瞬をいかに理想的に整えていくかということに力を尽くそうとしていました。

完璧な看取りを目指すよりも大切なこと

家族に囲まれて、穏やかな表情で、苦しさからできるだけ遠いところで…。

 

患者さん、家族それぞれに「どんな最期を迎えたいか(迎えてほしいか)」という気持ちがあります。

もちろんそれを共有し、考えるのも大切です。

 

しかしですね。

人って、死ぬまでは生きているんですよね。

当たり前ですが、その生きている時間も人生の一部なんです。

 

正直新人時代の私は、患者さんが終末期とかターミナル期と言う呼ばれ方をした途端にものすごい特別視をしていたんですね。

視野が狭かった新人時代。

私は終末期患者さんを前にするといつも「最期の瞬間」を完璧に看護しようとしていました。

 

死ぬまでをどう生きるかと視点を広げられたこの患者さんとのやりとり。

とても印象に残っているのです。

 

死は生き切った末の結果。

そんな風に捉えられたきっかけを今回書いてみました。

 

この気づきを経てから患者さんや家族に対し、日々どんな風に過ごしたいかという話を自然にできるようになりました。

 

一方でこの方とは対照的に、苦しみには一瞬たりとも触れたくないと、早期から鎮静を望む方もいます。

ひとつの死を囲む、それぞれの人たちが大切にしたいことを引き出せる看護師でありたいなぁ…と思いながら私は働いてきました。

 

実習に臨む学生さんや看取りを経験し始めた新人看護師さんの参考になれば嬉しいです。